自分の子供は必要か?

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こんにちは。ゆとり系ブロガーのヨシナオです。

今日は、ズバリ子供について私が現在考えていることを述べたいと思います。

端的に言うと、「自分の子供は必要か」ということです。下線部が引いてある自分のというところがミソですね。

子供が欲しいのは結婚するしないに関わらず、多くの人が抱いていることです。でも、その子供が自分のである必要はあるのでしょうか?賛否両論ある意見だと思いますが、多くの方の意見も頂きたいです。

自分の遺伝子は優れているか

まず最初に私が疑問に感じるのは、果たして自分の遺伝子は優れているのか(健康体であるとかの議論ではなく性格や能力等)という問いです。

子供を作る理由は様々ですが、基本的には子孫を残すというのが生物的な見解です。そして、子孫を誕生させた後は、彼ら彼女らの将来に期待するんですよね。

将来はこうなって欲しいだとかの願望が生まれるわけです。

私はそこで疑問に思うわけです。そんな願望を抱く前にあなたの遺伝子は優れているのですか?と。

道行く日本人に「あなたは優れた人ですか」と聞くと9割以上の人が「そんなことないです。」と答えるはずです。じゃあなんで、優れてもないのにその遺伝子をわざわざ残して将来に期待するんだろうって疑問に感じます。

少なくとも、私は自分という人間がまだ素晴らしい人だと言える段階ではありません。だから、仮に今自分の子供ができたとしても、平凡だけど斜に構えているような子にしかならない気がします。

だから、現時点では自分の子供が欲しいとは考えられません。

エリートの子はエリートというのは世の習いですからね。

生みの親より育ての親

もう一つ、全く別の視点で自分の子供という概念に対して疑問に抱く点があります。

昨今、日本のニュースでは親が子を虐待したり殺したりという事件をよく目にします。ほぼ毎日のように若い夫婦が幼い子供を殺すようなニュースを見るんですよ。

こういうのを見ていて思うのは、変な生みの親に当たってしまい至極残念だなということです。

そう思う一方で、早い段階で別の優れた育ての親の手の元に行けば助かったかもしれないし、良い人生が切りひらけたのかもしれないとも思います。

端的に言えば、人が生きて成長する際に大事なのはいかに育てられるかということですね。ですから、生みの親よりも育ての親の方がはるかに大切だと私は結論付けています。

先ほどの、自分の遺伝子は優れているかという問題もありますが、仮に優れていなくても育て親次第では才能が開花するかもしれないですから。

ただ、自分の子供だとどうしても甘く見てしまう部分もあり感情的になってしまう部分もあります。ですから、育ての親は他人の方が良いんじゃないかとも思うんです。

子供を育てたいなら養子もアリ

ですから、私の意見では子供が欲しいのならば自分の子供である必要は特にないと考えてます。

熊本の慈恵病院に赤ちゃんポストがあります。簡単に言うと新生児を育てられない親や、意図してないのに子供ができてしまった女子の子を預けて里親を探すという趣旨の施設です。

そして、意外にもここに預けられた子は里親がしっかり見つかり、育てられているんです。

私はこの里親になる人に対して非常に大きな尊敬の念を抱きます。今もなお多くの人が不妊治療に励む中で、あえて別の子供を選択するという勇気と慈悲が素晴らしいです。

子供が育つ中で、どうやって本人たちが楽しく生きるかと同時にいかに人格者になるかということがとても大切です。

そして、それは親の教育で結構決まるものです。もし、自分の子供という概念にこだわらず、人間を育ててみたいのならば、養子もアリなんじゃないかと思います。そこには血縁よりもさらに強いつながりが見えますしね。

ちなみに、私自身も現在は自分の子供よりかは、養子を組む派です。自分遺伝子を持つ子供なんてロクな子になりませんからね笑

それか、自分の子供と養子を同時に育てるかですね。

と、その前にそんな私の趣旨に賛成してくれる立派な女性パートナーがいるかどうかです笑

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