政治に参加しない日本人!?


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こんにちは。ゆとり系真面目ブロガーのヨシナオです。

今日は、ズバリ政治観についてゆとり世代の一人として意見を述べます。

昨年、流行語大賞に「保育園落ちた日本死ね」というフレーズがノミネートされ受賞されました。私はこれに違和感を覚えました。

自分の国に対して死ねというのはどういうことだろう?この人は、明日日本に大量の原爆が落とされて日本が死んだら喜ぶのだろうか。

そもそも、民主主義の原則に基づいて民衆の代表である政治家に訴えたのだろうか?と不思議に思ったわけです。

そして、おそらくそんなことはしていないだろうなーと勝手に考えました。そして、キチンとした政治観や思想の拠り所がないと将来自分が困るなと結論するに至ったのです。

政治は超身近なもの

まず、最初に当たり前すぎるのに多くの人が気づいていないこととして、政治はとても身近なものであるということを挙げます。

結論から言うと、世の中のほとんどが政治なんですよ。

それこそ、先ほどの待機児童問題もしかり、世間を賑わせているアパホテル事件や慰安婦像設置問題、さらに海外旅行にビザなしで行けることもそうです。

1日に最低一回以上は政治に触れていますよ。これは間違い事実なんです。

なのにもかかわらず、非常に多くの日本人はこれに気づいておりません。政治の世界は別世界のことだと思ってしまっています。

だからこそ、「保育園落ちた日本死ね」が出てしまうのです。普段から少しの想像力と未来へのまなざしがあれば自ら行動と対策を打てたはずです。

政治の話をするのは当たり前

そんな身近な政治ですが、日本人は別世界のことだと思ってしまっているので、市民同士で政治の話をする機会は極めて少ないですね。

これが日本以外の国では家族間や友人間で積極的に行われております。

これは、海外旅行に行ってゲストハウス等で泊まるとわかるのですが、ステイしてる客と仲良くなって話し込んでいるうちに自ずと話題が政治の話となるんです。別にこちらが仕向けることもなしに。

これまで毎年いろんな国に行っておりますが、ほぼ100%そうなっております。そして、高校を卒業したばかりのティーンたちでも普通に政治の話をします。

ここからわかることは、対話の中で政治の話題を出すのは極めて普通なことということです。

逆に言うと、日本だけが「政治=別世界」と考えてます。政治なんちゅうものは難しいものなんだと思い込んでしまっているのです。残念極まりないですね。

生きてりゃ政治観が身につくものだけれど・・・

本来、政治に関する見方(=政治観)というものは生きてて経験を重ねるうちに自然と身につくものです。

単純に生きてて、疑問に思ったことを大切にすればいいだけですからね。

また、学校教育で公民だけではなく歴史なんかも学ぶと思いますが歴史はただの暗記科目ではなく、過去から学び未来へ活かすために学ぶわけです。ちゃんと勉強すれば自然と考え方がわかるはずです。

私がロシアに行っている時、政治の話が好きじゃないし興味がないといったロシア人がおりました。でも、その人はちゃんとロシアが抱える政治の問題や解決方法くらいは難なく話していました。

これ、日本だとどうなんでしょうか。政治観なんていう言葉を出した瞬間に変人扱いされるのでしょうね。そんなのに興味を持っていてどうするの!?的な。

また、最近は選挙に堂々行かない人もおります。特に若い人に多いんです。もちろん、選挙に行きやすいように仕向ける国のやり方にも問題はあります。

でも、選挙に行かない人は「保育園落ちた日本死ね」だとか「残業多すぎて過労死寸前」だとかの生きている上での文句は絶対に言わないでほしいですね。

選挙に参加していない時点で、私の将来は今のジジババ政治家に任せている!と宣言しているようなものですから。

私からすると、とんでもない!なんで自分たちよりも早く死ぬ人たちに色々決められないといけないんだ!という感じです。

将来をしっかり考える

ですから、今を生きる人(特に若い人)は自分の将来をしっかり考えないとダメです。

「保育園落ちた日本死ね」は自分の未来かもしれません。

そうなった時に、誰も助けてくれません。むしろ、そういうのの予防策として政治ってあるんです。

将来のことをしっかり考えて今から行動するべきなんですよ。


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