大量のインプットと程よいアウトプットが大切!


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こんにちは。ゆとり系真面目ブロガーのヨシナオです。

12月なのに暖かいですね。コートを着て職場に行くのですが、電車の中が暑いですよ。

さて、今日のテーマは社会人や学生が好きそうな言葉である、インプットとアウトプットについてです。よく、自己啓発本なんかにもこれらについて書かれてますね。

私個人としては、タイトルの通り大量のインプットと適度なアウトプットが大切だと考えてます。

もっと言えば、インプットがなきゃアウトプットができないのでインプットを常日頃からやってないといけないのです。

学びがあるから実践がある

そもそも論ですが、人はなぜ学校に行くのでしょうか?

いろいろな意見があると思いますが、一つに社会に出る前の準備であるという答えがあります。

社会は極めて複雑で多様ですから、しっかり学んでから出ないといけないというものです。

実際は、小学校から大学まで学んだことと社会に出てから使うことが全くリンクしていないという残念な状況が日本社会にはびこっていますが、根本的には小さい頃にインプットをし大きくなったらアウトプットをするというのが基本です。

ここからわかるのは、学びがあってこそ実践があるということと、学ぶ期間は比較的長くあるべきであるということです。

何にも知識がないのに、何も生み出せるわけはありません。さらに、ちょっとしか学んでないことを実践に生かすことはできません。

他の動物と違って、ある程度の安全が保障されている人間は学びの期間が長くなるのです。

そのおかげで人間は、これでもかというほどの素晴らしい技術や文化をこの世に残すことができたのです。

アウトプットはインプットありき

ここからわかることは何でしょうか。

それはつまり、人間はインプットがあるからこそアウトプットが可能ということです。え!?そんなの当たり前やん!と思う人もいるでしょう。

しかし、これをわかっている人は極めて稀です。

多くの人が高等教育を卒業し、社会に出ると日々アウトプットを求められるだけの状況に陥り、ついついインプットを忘れてしまいます。

目の前の数字を出すことに追われ、大切なものを次々に見失っていくのですね。

そうなると、残念なことにアウトプットの質は確実に落ちます。アウトプットはあくまでもインプットを前提としているからです。

そして、インプットという栄養源がなくなると人は視野が狭くなります。本を読まない人が馬鹿なのはこのためです。あくまでも、インプット>アウトプットという図式を忘れないようにすることです。

インプットとは何か

では、インプットが極めて大切だということが分かった上で、インプットとは何でしょうか。

これまた答えは単純で、インプットとは勉強することに他なりません。具体的にいうと本を読むことや人の講義を受けることです。

私が予備校に通っていた頃に現代文の先生が「人は本を読むor人と会うことでしか自分を変えられない」とおっしゃっておりました。本当にその通りです。

人はオギャーと生まれた時から、常に誰かの支えを必要としていますし、身につけた言語や振る舞いは基本的に誰かのモノマネです。吸収してるからそのような振る舞いがあるわけです。

では、学生を卒業した人にとってのインプットとは何でしょうか。

それは言うまでもなく本ですね。間違えないです。

本を読まない人は生きるに値しないんですよ。何も生み出すものがなく、ただ酸素を二酸化炭素に変えているだけの存在でしかないのですから。

私にとってのインプット

ですから、当然ゆとり系ブロガーである私もインプットを大事にしております。

ブログなんかはアウトプットの場ですので、そのネタ作りに本を読みます。

ちなみに今は、政治ネタである「ポピュリズム」に関連した本とモテる女性について考察したフランス文学紹介の書を読んでおります。

他にも、年に一度行っている海外旅行は絶好の学び場となっておりますし、東京にいながら異国のレストランに行くことも私にとっては学びの場です。

あと、言語を学ぶことですね。言語はわたしにとって極めて大切な道具です。知識を得るためもあるし、恋愛するためでもあります。

この世の中、インプットありきなんだということを多くの方にわかってほしいですね。

 

 


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