逃げることや辞めることは全然悪いことじゃない


ガチ逃げ[http://gori.me/humor/funny-images/44959]

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こんにちは。ゆとり系応援団のヨシナオです。

電通に入社した新入社員の自殺ニュースから日が経っておりますが、最近、日々のニュースで会社でのパワハラ等の被害により自殺した人の知らせが増えております。

これまで水面下で埋もれていた自殺者に対して、社会が少しずつおかしいんじゃないかという疑問を呈してきている証拠だと思います。

当然、パワハラ等を行った上司とやらは社会的制裁及び会社からの処分を受けるべきなのですが、日本の社会や日本的企業の性質上、それは極めて難しいようです。

そこで、ぜひ多くの人(特に若者)には嫌な環境から逃げたり辞めたりすることの重要性を見出して欲しいです。

きっと誰しも自分に合った環境や場所ってあるはずなんです。現状、今いる場所が嫌ならさっさと辞めて自分に合った場所を見つければ良いだけなんです。

自分を大切にする

人間って不思議なもので、痛みや苦しみにある程度耐えることができるんです。

他の動物だと痛みや苦しみに耐える種は極めて少ないと思われます。私がたまによそ見をしていて自分の犬の尻尾を踏んでしまうことがあるのですがウチの犬はその時「キャ!キャ!キャ!キャーン!!」と鳴きます。

でも、人間はそのくらいなら耐えてしまいます。有名なのが第二次世界大戦下のナチスドイツがユダヤ人に対して行った拷問です。

世界的な著書『夜と霧』に書いてありますが、死と直面するような環境でも希望を持って生き抜いてしまうんです。

もちろんこれは極端な例ですが、人には困難を乗り越える才能が与えられているのは間違いないです。

でも、だからと言って何でもかんでも困難に打ち勝とうとするのは極めて危険な行為です。耐えながら自分の成長を感じる場合と耐えながら死にたくなるのでは意味合いが全く変わってしまいます。

後者の場合は完全に悪い方へ向かってます。こうなってしまったらダメなんですよ。視野が狭くなり自分の存在自体も否定してしまうとね。

あくまでも、根本は自分自身だということを忘れると人はおかしくなります。何のために耐えているのかわからず日々を過ごすと視野が狭くなり精神が壊れます。いまの時代こういう人が多いのではないのでしょうか。鬱病患者とかもめっちゃ多いんですよね(記事)。

もっと自分のことを考え、自分自身を大切にすべきです。

逃げることは次へのステップ

どうしても「逃げる」とか「辞める」とかいう言葉自体には負け犬感がにじみ出ており、マイナスに捉えられがちです。

僕も何だかんだ仕事が一杯一杯で空回りしている時に辞めたので、周囲の何人かは「逃げた」と思ったに違いありません。僕が辞めるとわかってから異様にニヤニヤしていたオバちゃんとかいましたし笑

でも、個人的には逃げたり辞めたりすることは次へのステップになるので、プラスに捉えるべきですね。家入一真さんなんかも言ってますが、一生逃げるなんていうことはできないのだからどこかで落ち着く場所が見つかりますし、逃げまくるっということはその分色んなところに飛び込んでいることでもあります。

だから、死ぬくらい追い詰められそうならば早めに逃げることって案外大切ですよ。鬱になってからだと遅いです。トラウマというか傷がずっと残ったりフラッシュバックしたりしますからね。

休んでも良い

逃げて一旦休むのもいいと思います。個人的にはその間に海外でも行って、いろんなものを見たりすれば視野も広がると思いますけどね。本を読むことも大切です。

ずーっとしばらくニートをやるのは良くないですけども、数カ月程度の休息なら何も悪いことないし、それで回復するのならむしろ休んだ方が良いですね。

日本だと休むのも悪く捉えられるので、ちょっとどうしようもないなと感じてしまいます。ロシアなんて勤務中にみんな休みまくってますし・・・笑

逃げたり辞めたり休んだりすることを堂々と言える社会になった方が良いですね。

終わりよければ全てよし

結局、人間死ぬ時に「良い人生だった」と思って死ねればそれでいいんじゃないですかね。

途中で自ら死を選んだり、精神崩壊してしまうのは人の道理からずれています。それと、人間生きてて何が起こるかわかりません。

全くダメだと思った人が、何かをキッカケにブレイクするなんていうことが稀じゃありません。日本語でも英語でもロシア語でも「運」という言葉があります。やはり、人生において科学的な説明を超越した奇跡なようなことが起きるからこそ、こういう言葉があるんだと思います。

そう考えれば、今いる環境で追い詰められ周りが見えなくなってしまうことは勿体無いことです。

自分の人生に良いことがあると信じながら、時には挑戦し時には逃げながら生きていくことが大切なんですね。

最期に「色んなことがあったな〜」としみじみ感じられればそれで良いんです。

 

ということで、逃げることや辞めることも常に選択肢に入れながら人生を送っていきましょう。

 



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コメント

  1. ひまわり より:

    先日はコメントに返信頂きありがとうございます。
    こちらの記事もまたしても共感することばかりです。

    昔とある漫画で「逃げる場所があるのはいいことだ。」というセリフがありまして…それが今でも心に響いています。

    なぜかこの日本は逃げることを『悪』と決めつける。例えば会社もそうですがまずは3年〜と言いますよね。そういった日本の風潮をお笑い芸人の厚切りジェイソンさんが自身の著書でアメリカではありえないと書いておられました。
    そんな時間が無駄と考えるようで、さっさと自分に合う環境を探した方が良いという事です。私も本当にそう思います…。

    死ぬ時にいい人生だったと思えたら良いは、私の座右の銘です。笑 記事にあって嬉しく思いました。それくらい人生なんてどこでどうなるかわからないし、だからこそあるようで本当は存在しない周りの目や世間の目なんて気にする必要ないのだ…と私は思います。

    1. yoshinao65 より:

      ひまわり様
      こちらこそ、定期的なコメントとてもありがたく感じています。
      そうです。今度記事にしようと考えていますが「とりあえず3年」という風潮なんなのでしょうね・・・
      そして、それを普遍的な価値観として全員に押し付ける風潮がこの社会にあります。「石の上にも三年」という諺がある一方で
      「鉄は熱いうちに打て」という諺もありますからね。後者は英語の諺を日本語に訳した言葉です。若い時に合わないことをやっても
      しょうがないですよ。
      そうそう!最後よけりゃそれで良いんです。共感していただきとても嬉しいです。

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