急に子育て論を語りたくなりました。ヨシナオです。こんにちは。
最近、私も30になりまして次の世代という事を考え始めております。私は数々の横綱を見て調べた研究から人生は22歳である程度決まるという持論があります。22歳の時にどの地位にいるかで残りの人生はある程度決まってしまうという理論です。
私はとっくに22を超えており、これから人生をどうのこうのというのはもう無理に近いです。ただ、もし子育てをする機会があるのであれば、ある程度この理論を生かしたいと考えております。
よく、子供には子供の自由に人生を生きて欲しいという親がいますが、それって本当に良い事なのでしょうか?私的には疑問しかありません。
自由のつもりがレールに乗っている
人の人生や家庭環境は様々であり、人によって育ってきた環境は違います。私は高校までは普通に公立の学校を出て大学に進学し就職をしました。
周りにも同じような人が多いです。色々聞いていると周りの人達は特に親から強制もされることもなく、普通に高校に行って普通に大学に行って普通に就職をしている人が多いです。
もちろん、子供の頃の習い事等は人ぞれぞれでしたが。
自分の大学の友達なんかで、少し変わった進路を取っている人はあまりいませんでした。私は自由に生きる結果はほとんどの場合このようになるのではないかと思います。
子供の自由に生きて欲しいと言いながら結局はサラリーマンに落ち着くのです。親としてはこれを望んでいるのでしょうか?子供には普通にサラリーマンになって欲しいということでしょうか。
サラリーマンをやっている人はわかると思いますが、サラリーマンは決して楽ではないです。しかも大して贅沢できるお金も貰えません。これが現実だと思います。自由に生きて欲しいというのは結果的に、周りと同じ人生を送るということになります。
ある程度導く必要性
私は好きで相撲を見ておりますが、所謂、横綱大関クラスの力士なんかは親が子供の頃にかなり介入しております。
横綱・稀勢の里なんかはその典型で父親からはかなり厳しく育てられました。現・大関の貴景勝なんかもそうですね。
相撲から離れると、体操の内村航平選手なんかは母親がかなり教育熱心です。
もちろん、過度な教育熱心は子供に害を与えることもあります。特に勉強なんかを親が強制すると結果的に勉強嫌いになり、大した大学に行く事はできません。勉強面は好奇心が全てのカギなのでいかに好奇心を持つように導くかが大切です。
この導きこそがとても大切だと私は考えております。よく、自由に生きて欲しいなんていう親は大体の場合、この導きをしていません。全て子供が選択するようにさせております。ただ、人生のことなんて子供はわからないものです。せっかく経験をしている親がそれを教えないでどうするのでしょう?
自由とは選択肢が与えられてこそ
子供の好きなように生きて欲しいというのは私からすれば、「子供の将来?知らん」と言っているのと同じだと思います。
私は自由に生きて欲しいというのであれば、それなりの選択肢を与えるべきだと思います。つまり、将来はこんな生き方があるというのを子供の頃からたっぷり見させる必要があります。
例えば、芸術家として生きるやり方、スポーツで生きるやり方、サラリーマンとして生きるやり方、ホームレス等です。これをいかに経験させるのかが親の役目じゃないでしょうか。
そして、経験させるにはそれなりにお金と時間が必要です。親は基本的には土日の時間と全給与を子供に注ぎ込んで、様々な経験をさせて生きる選択肢を増やさないとダメな気がします。ある日は動物園に行ったり、ある日はコンサートに行ったりある日は相撲を見に行ったりです。
そうすると、必然と好奇心が生まれて様々なものを経験したくなるのではないでしょうか。結局、資本主義社会では能力が全てであり能力は小さい頃から醸成する方がいいに決まってます。その能力を開花させるのが親の役目です。
その上で、やはりサラリーマンが最も魅力であるのであればサラリーマンを選択させるのがいいでしょうね。
私はサラリーマンの人生はあまり楽しいものではないので、もし子育てする機会があるのであれば、もっと経済的に余裕が持ててその人にしかできない職業に就いて欲しいなと思います。