人が生まれながらに持つ才能について

誰もわからないものである。

うちにはいわゆる毒親がいる(父)。子供に対して文句ばかりを言い、自分の不遇を人のせいにしているような親である。口癖は「身の丈に合った仕事をすればいい」というものである。自分の弟が留学しているがそれに反対ばかりをして早く働けばいいとばかり話している。

正直、さっさと交通事故にでも遭うか心臓発作でも起きて死んでもらいたい。ただ、世の中は悲しいことに、そのようなくだらなくて馬鹿な人間こそ長生きするものである。

そのような死んだ方が人の役に立つ人間の話ではなくて、これから生を受ける子供に対して思考を巡らせたい。

私自身は、どんな子供も親の能力に関係なく才能を持って生まれてきていると思う。それこそ精子と卵子レベルで言えば、とんでもない競争率の中、選ばれた精子だけが卵子に行き着き、命が生まれるのだ。

ただ、不思議なことに親と言われる人の中にはその才能を認めない人がいる。自分が大した人間でもないし才能がないから、生まれてくる子も大した子ではないと思うらしい。

私はそのような考えを持つ人は、お願いだから子供を作らないで欲しい。本人も生まれてくる子もかわいそうである。

そのようなことを思う親は子供に対してまともな教育を施さないことが容易に想像できる。普通、親というのは子供が成長するのを楽しみに思っているはずだし、自分の予想だにしない子供の姿に驚くものである。でも、最初から大した子ではなく自分と同じような運命を歩むと決めているのなら、産まなければいいのだ。だって、生まれた子は自分のコピーだろ?おんなじ人生を歩んでいるだけやん。いらんやん。

私自身は、親となるのであれば生まれてくる子に対して、どんな分野に才能があるのかをとことん探るべきだと考えている。きっとスポーツの才能があるかもしれないし、音楽の才能があるかもしれない。それはやらせてみないとわからないもののはずだ。

その才能は親の出自に関係ないはずだ。例えば、オリンピックの金メダリストの親は必ず運動神経がいいのかというとそうは思えない。私なんかは相撲が好きなのでよく見ているが、横綱・白鵬の親はモンゴル相撲の横綱だが、横綱・鶴竜の親は大学教授である。親から受けるものは必ずしもイコールにならないし、親がしょうもないなら子供もしょうもないというケースはそこまで多くないと思う。

もし、子育ての途中で自分の子供に才能がなかったとわかったとしたら、その時に軌道修正して良い大学に入れて良い就職先に入れるような体制を敷けば良いだけである。それまではとことん自分の子供を客観的に見て何の才能があるのかを見極めるべきだ。

残念ながら、うちの親はバカでクソだったのでそのようなことができなかった。だからそのような失敗はしてはならない。

自分の子供が大したことがないとわかっているのならば、産むこと自体が虐待である。

子供というのは教育次第でいくらでも花を咲かせることができるのだ。

ここ最近思うのだが、人間よりも動物の方が圧倒的に頭が良い。彼らは親にちゃんと教育をされてちゃんと育っている。人間だけがダメなのである。

 

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