選択と自己責任

情報過多な時代になりGoogleで検索ワードを打ち込めば、様々な情報を瞬時に得られる時代ですね。

特に、方法論なんかは優れており「〇〇 やり方」なんて打つと、料理から税金対策やら海外大への進学情報とか様々な情報がヒットします。

以前よりも遥かに将来やりたいことへの情報にアクセスしやすくなったのが今の時代だと感じます。

私も夢であった海外大の進学を果たすことができました。ただ、海外大へ進学してからの方が人生が停滞したというか、愚痴が出ることが多くなりましたし、人生に悲観的になりました。

でも、これっていいのかなと考えた時に、ダメだよねと最近思いました。だって自分で選択した結果なのだから。自分で選んだ道なのに愚痴が出るって頭おかしいでしょう。

大人になること=選択ができること

子供は赤ちゃんから成長すると、2歳の時にイヤイヤ期と言われる第一次反抗期が現れると言われます。そのまま成長すると13歳ころにいわゆる思春期と言われる第二次反抗期がきますね。

基本的に高校生くらいまで、人は自分の選択よりかは親や学校に決められた選択をすることが多いと思います。ですが、大学受験あたりから自分で自分のことを決められるようになります。

高校を卒業してからは、進学しても良いし仕事についても良いのですが、ここからは自由を担保されます。

大学でバイトもすれば、時間もたくさんありますしお金も手に入ります。まさに自由な選択ができるわけです。日本なんかは新卒一括採用システムがあり、行きたい会社も自分で選べます。これらは全て自分で選択したことです。

大人になるにつれて自分で選択することが可能となります。これは大人の最大の特権です。

今いる場所は自分の選択の結果

よく、自分の現在に不満を言う人がいます。

もし、自分の今いる場所が自分で選んだ結果ではない場合、その不満は妥当だと思います。例えば、親に決められて就職先を選んだとか親に言われて海外進学したとかです。

ただ、もし、自分で選択をして不満をこぼす場合、じゃあなんで自分でそこを選んだの?という疑問が出てきます。

自分で好きでそこを選んだんですよね?なんでそこに不満やら愚痴が出てくるのですか?最初から選ばなきゃよかったじゃないですか!?と。

だから、自分で好きで選んだ場合、そこに不満を言うのはご法度というかあまりにも自分の選択に責任が無いんだなと思います。

自分で選んだことなのに、不満や愚痴が出るならばこれから全ての選択に不満や愚痴が出ますよね。結婚、子作り、子育て、住宅購入etc これらは全て自分で選択したことですよ。なぜに不満が出てくるのでしょう?そんなに不満があるなら最初からしなければいいだけです。今あるのは全て自分の選択の結果です。

選択と自己責任

これは、多くの方が言っているのですが自分で何かの道を始めた時に「オレ、行ってくるからよー!」とアピールするのに、後になって「やっぱやめるわ」みたいな人はどのツラして生きていくんでしょうかね。

だって、自分で決めたことじゃん。自分で周りに公言して応援ももらったのに「もうやめるー!」って頭がおかしいんです。

自分で選択したことにはしっかりと自己責任が伴います。それで無責任に放り出すような人はまともな社会生活はできませんし、してはいけないと思います。

会社の人事などはこれを踏まえて採用活動をすべきです。

そして、もし自分で選択したことを遂行できないのならどうすればいいでしょうか?

答えはさっさと人生終わらせるべきです。だって、その後生きてもまともな人生を送れません。周りに迷惑をかけて終わりです。自分の選択に自己責任を果たせない人はさっさとこの人生は捨てるべきですね。私もだいぶ、愚痴が多くなりました。ただ、私自身が夢だったことを自分の手で掴み取ったので、これ以上愚痴が出るならばさっさと逝っちゃおうと思います。

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