
まぁ、当たり前なことですがね・・・この世の中は結果全てです。小さい頃に「結果よりも頑張ったことの方が大事」やら「挑戦することに意味がある」という洗脳に染まると、結果が伴わず、貧乏なのにプライドだけは高いということになります。これは大変に残念なことです。
人間は結果が全てです。特に資本主義の世界ではお金という結果が最も意味のあるものです。
これがないと話になりません。お金があればなんでも出来ますが、無ければ何も出来ません。しっかり年収という結果を求めないと意味ないです。
挑戦と過程の何が大事なのか
そもそも論として挑戦することと頑張った過程の何が大事なのか?これを説明できる人はいない。
そういう頑張ったで賞は小学生までではないのか?
中学あたりから、いっしょうけんめい勉強をがんばりましたとか、いっしょうけんめいトライしましたけども、テストの成績は5点でした。頑張ったので僕ちゃん偉いです。なんて言われてもバカじゃん?と一喝されるだろう。
これは大人になってからも一緒である。結果を出さないと評価はしてくれないし、周りが評価しやすいことはその人の成し遂げた結果である。
がんばりましたー!とか挑戦しました!とか全く意味がない。ただ、小学生の頃に「頑張ったねー偉かったね!」と褒めてもらった人はその感覚が抜けなくて、自分を褒めるようになるのだろう。
特に、これは男性のおっさんに多いだろうね。自分で褒めたり女子社員に褒めて欲しかったりするのだろうね。
収入は結果
結果で最もわかりやすいのは年収だろう。資本主義の世界では非常にわかりやすい指標である。
よく、安い給与で嘆く人たちがいるが、給与が安いのではなく安い仕事しかしてないので安いのである。その辺はしっかりと頭に入れた方が良い。
世の中は需要と供給なので、需要がある人材はどんどん給与を伸ばせるが、そうではない人は仕方ない。最低限生きることは保証されているのだから、動物界の中でも非常に優しいのが人間世界である。
結果がないやつは正直生きる意味がないとは思うけどね。