環境と自殺と無差別殺人

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ここ最近、日本の無差別殺人が多くないか?よく、ヨーロッパはテロが多いから気をつけろと言われるが、個人的には日本も充分多いと思う。

そして、多くの無差別テロの犯人の犯行動機が「人生に失敗した」とか「社会に対する報復」とかばっかりであることに気づいた。

もう、人生に絶望したから最後は人でも殺してやろうと思い犯行に及ぶということである。

正直、これはその本人もそうだが社会にも問題がある。失敗したらダメな社会でもあるし、失敗したら立ち直れない社会でもあるからだ。今後も先行きが見えない日本でこのような事件が多々発生することであろう。事実、このような事件を真似した事件も後に続いている。じゃあ、すぐに社会を変えられるかという問いがあるが、これは難しい。ではどうすれば良いかを解説しよう。

自分でケジメをつける人生を

社会を変えるのは難しい。日本社会の問題点を指摘したところでそれを変えることはとても難しい。

なので、その日本社会のシステムに合わない人が犯行を犯してしまう。そして、純粋無垢な人が殺されてしまう。

ではどうすれば良いか?それは犯人が殺意を自分に向けてくれることである。つまり、他殺するのではなくて自殺すれば良いのだ。そうすれば絶望した人生を自分で終わらせることができる。

ただ、これはとても難しい。なぜならこの世には自殺はいけないことであるという悪しき考えが流布しているからである。個人的に他殺よりも自殺の方が良いと思う。他殺をして純粋無垢な人の命を奪うのであればまずは自ら死ぬことを考えよう!というのが自分の意見だ。

人生失敗したから腹いせに人を殺す。それなら、自殺する方がマシであるだろう。個人的には自殺は罪だという観念こそが他殺を助長してしまっている気がする。よく、自殺は殺人であるというお説教を垂れるアンポンタンがいるが、他殺するよりも自分を殺す方が何倍も良いだろう。

自殺は決して悪いことではない

このように、私は他殺をしてしまうような社会構造があり、しかもそれが中々変えられないので、まずは自殺という概念を見直すことにより、純粋無垢な命の喪失を無くすことを訴えている。

自殺はいけないという部分には、周りが悲しむからいけないという部分が少なからずあった。しかし、今や日本の人間関係もかなり希薄になってきた。なので、特に自殺が防止される理由はない。

それに、これは大切なことであるが自殺は地球にとって極めて役に立つということがある。私はTwitterで何人もの投稿を見てきた。特に環境に関心がある人こそ、最終的な結論は、「人間がいる限り環境は犯されてしまうという結論になる。どうすれば良いのか頭を抱える」というものである。私としては、自殺しようぜ!というのが答えではあるが環境が大切な人は同時に自分も大切なようでなかなか自殺しない。

私個人としては自殺はとてもecoな方法であるというのは主張したい。実は私自身も最期は自殺で締め括る予定だし、その時も場所もある程度決めている。周りはびっくりするだろうと思うが、遺書を読めば皆納得してくれるはずだし、そういう友達と今まで関わってきた。これはここ一年でしっかりと醸成してきた考えであり、周りも尊重してくれている。

他人に迷惑かけるなら死ぬ

とにかく大事なのは自分が知らない人の人生を奪わないことである。京王線の事件の前に起きた小田急線のフェミサイドは特にそうである。犯人は被害者が幸せそうだという理由で殺意を持ったという。あまりにも酷くないか?他人の幸せを恨んで自分の幸せを嘆くなら、自分が死ぬべきである。幸せな人を殺すべきでない。

そんなに、他人の幸せが憎いかつそれをアピールしたいならばこそしっかり自殺すべきだ。自殺するのを悪いことと思わないでほしい。そして、有名な知識人はしっかり自殺をしてきた。芥川龍之介然り、川端康成然り、太宰治もそうである。自殺は尊いことである。

病気に人生を終わらせられるのであれば、自分で人生を閉じた方がいいに決まっているのだ。だから、しっかり自殺という選択肢をとるべきだ。

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