時は来た!

ちゃっす!ヨシナオです。

私は今まで、このブログで自分なりの生き方や死なない方法をテキトーに書いてきました。ただ、私も30歳という節目を迎えて自分の残りの人生やら自分のこれまで培ってきた能力や性格やらを鑑みて、考え方も少しずつ変わってきました。少しリアリズムっぽくなりましたね。

ここ最近は、不思議なくらいツいてないことが多く、自分でもびっくりしているのですが、理由を考えたところ、そろそろ潮時なのかもしれないというのがとてもしっくりきます。

そう考えるとうまく繋がるのですよね全てが。そして、これに気づけて良かったとも思えます。

出来事とリーズニング

ここ最近起きたことは中々人生を考えるきっかけとなります。いくつか見てみましょう。

①単位取得失敗

→これ、普通に考えてあり得ない出来事です。大学院生にあってはなりません。ではなぜ、これが起きるのか?それは一言で向いてないからです。後、努力ができない人間だということの証明になるのです。

②資金損失

→最近、資金が一気に減りました。そして、今も減り続けております。この夏は日本に帰国予定でしたが、その計画も飛びました。衝撃でしたね。これは今でも夢ではないかと思って、口座残高を確認してしまいます。現実だと知って絶望的な気分となります。しかし、よくよく考えれば、私は人生でお金に恵まれたことがありません。あくまでもそれが最通達されただけです。仕方ないのです。あなたの人生にお金は無いよということを突きつけられただけなのです。

③友人関係

→最近、こちらでできた友人関係が少しずつ鬱陶しいものになってきました。授業とテストの時間を削ってセレモニーに参加したりしないといけないですし、超直近では、友達の誕生日パーティーに2時間だけ参加して、途中で帰ると言ったら「まじ!?何考えてんの?」みたいになって、仲良い人がキレちゃったりです。疲れます。

④上がらない英語力と学力

→これはシンプルです。その程度の人間というだけです。

これは人からすれば大したことがないかもしれません。ただし、私としては必要充分な条件となります。条件は揃った!

死を近づける

昨日、見つけて見入ってしまったブログがあります。こちらです。

正直、高校生でここまでの考察力を働かせて表現できるのは凄いなと思いました。自殺までの過程を綴ったブログです。18歳で自殺したのは早すぎるとは思いますけど、きっと彼は彼なりに自分の人生と向き合って、どうしても今後プラスにならないということを悟ったのではないかと思います。

生きるか死ぬかのレバーは未来における希望と絶望の割合によって、どちらに引くか決まる!という趣旨の記事には鳥肌が立つほど共感しました。まさに、私もこのまま生きていても、想像できる通りの人生しか歩まないことを悟りつつあるので、大共感です。

彼は本当は生きたかったのではないかというのは、まだ捉えられていません。しかし、彼の過去の記事では「死」という言葉を何度も使っており、その言葉が自分の中でもどんどん大きくなっているのは読み取れます。

つまり、彼は「死」という言葉を発する事により自分に死を近づけてます。最後は「疲れた」という記事の連続で本当に疲れているのではないかと察することができます。生前最後の記事は「餓死自殺」何か吹っ切れたような文章です。

18歳で死んじゃうのは痛ましいことかもしれません。しかし、私としては名前も顔も知らない彼の生き様に胸を打たれました。私も以前とは違い、死んでもいいやと思えるようになってきているので勇気をもらいます。

導かれている

ただ、自ら死という言葉を発して死を近づけた彼と私が違うのは、私はなんとなくですが、漠然と死に近づいている気がするのです。

というのも、私はこれまである程度未来が見えてました。特に、目の前に少ししんどいことがあると、○月○日までには全てが終わり楽になれるという風に。仕事の乗るまできつい時も、後○週間経てば一旦は楽になるという風に。

しかし、今回はそれが全くないのです。今は忙しくて自分の能力が無さすぎて潰されそうなんですが、確かに言われてみれば後3週間経てば全ての事が終わるはずです。3週間後には解放されているはずなのです。でも、なぜか分かりませんが3週間後に解放されているイメージが全く湧かないのです。3週間後に消えているイメージしかありません。不思議なのですが全く解放されているイメージがありません。これは本当に不思議です。

私的には、何かに導かれているような気がしてます。何なんでしょうこの感覚・・・。ただ、キリがいいといえばキリが良いです。

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