差別をしてこそ人間である

[By Marion S. Trikosko, U.S. News & World Report Magazine – This image is available from the United States Library of Congress’s Prints and Photographs divisionunder the digital ID cph.3d01847.This tag does not indicate the copyright status of the attached work. A normal copyright tag is still required. See Commons:Licensing for more information., Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=4461419]

こんにちは。エストニア に住んでいるヨシナオです。

今日は差別についてです。2020年はBLM運動があり差別が注目されるようになりましたね。

TwitterなどのSNSも活用されて、日本でも多くの人が知っていると思います。大坂なおみ選手が訴えかけて、擁護派と否定派による論争も起きました。もっと日本も黒人差別に目を向けるべきだと。

ただ、私としては正直BLM運動はシラけました。というのも1960年代にキング牧師が命をかけて黒人差別撤廃運動をしたのにも関わらず、あんまり進歩していないからです。まだ肌の色で揉めてんのかよ!?って感じです。私あんまり肌の色でどーのこーのって人ではなくて、きちんと言葉を話せないとか話しててバカだと思った人のことのみに悪態をつくので、肌の色でどーのこーのってないんですよね。ただ、差別は至る所にあるわけですし、全く無くなってないのでむしろ、差別こそが人間を人間たらしめているという風に思えるようになりました。

差別をするのは人間だけ

まず、差別反対派の人には申し訳ないのですが、差別をするのって人間だけなんですよね。そして他の動物はしない。つまり、人間は動物以下の存在なのです。

例えば同じヒト科のゴリラ、チンパンジー、オランウータンを見れば分かります。彼らには法律はありませんが差別なんかはしません。群を守るために喧嘩はしますし、群と群同士で殺し合いをしないように適度な距離を守っているのです。

しかも、ゴリラの場合はなるべく殺し合いの喧嘩を避けるようにドラミングという胸を叩く行為によって暴力を起こさないようにします。群の中でも喧嘩はあれど差別はないのですね。

ヒトから少し離れたサルなんかは、完全なカースト制が機能しており、差別が起こり得ません

それに比べて人間はどうでしょうか?連日のニュースでも分かるように差別に溢れています。これに対して、「差別はダメだ」というのは簡単です。でも、本当に差別がない世界ってあり得るのでしょうか?

人は誰でも差別心がある

差別はダメだ!という人に私は聞きたいです。あなたは差別心はないのかと?

例えば、たまたまコンビニの定員さんが中国人でぶっきらぼうな対応をしていたとします。その時にその人ではなくて中国人全体を指して「中国人だダメだな」と感じてしまうことはないのかと?

私は、人間誰しも差別する心はあると思います。私も差別反対派ですが、差別心はめちゃくちゃあります。それを表に出すと差別になり、表に出さなければ差別にはならないと考えてます。

ただ、一方で差別心があるということは差別が生まれる下地は十分に整っていると考えます。なので、差別は起こるのでしょうね。それをダメだというのは簡単だと思います。ただ、差別は無くなりません。私が思うに何年経ってもなくならないと思います。

犯罪を無くせるか?

私自身の考えでは、人間に差別心がある以上は差別は絶対に無くならないと思います。私は「絶対」という言葉はなるべく使いたくありません。なぜなら「絶対に〇〇になる」という文脈では、実現可能性が100%だからです。学問をやる身としてはこのような断定表現はしたくないのです。

ただ、差別は絶対に無くならないというのは声を大にしていいたいです。人間に差別心がある時点で、それをコントロールできない人が必ず出てくるからです。

同じく殺人を考えてみましょう。殺人がこの世から無くなることはあるでしょうか?恐らくないでしょう。ほぼ毎日、世界のどこかで殺人は起きています。そして、その原因は「あいつを殺したい!」という心から生まれます。もし、人に「あいつを殺したい」という感情が生まれなければ殺人は起こりません。ただ、その感情がある以上は殺人は起こり得ます。つまり、人を差別する心がある限り、差別は無くならないのです。

誰が子供を差別主義者にしたいのか?

そしてもう一つ、自分の子供を差別/いじめ/殺人者にしたいと思う親はいるのでしょうか?

もし、自分の子供が生まれたら、将来は何人殺させるかを教育しようと思う人はどれだけいるのでしょう?私は、きちんと過程を経て生まれた子供を持つ親の中に、自分の子供が犯罪者になってほしいと思う人は一人もいないと考えます。子を持つ親なら誰でも、自分の子供に立派になって欲しいと思うのではないでしょうか?

しかし、現実はそうはいきません。高学歴の人だって犯罪は起こしますし、社会的に成功を収めている人も覚醒剤をやったりしてます。これと同じで、誰しも自分の子供に肌の色が違う人を攻撃して欲しいなんて思わないのではないでしょうか?まぁ、最近のネトウヨは子供に中韓はダメだと教えているようですが・・・

差別は人間の条件

以上のことから、私は今後とも絶対に差別は無くならないと考えております。むしろ、逆に差別が人間を人間たらしめると思います。

昔、デカルトが記した「我思う故に我あり」をもじって、「我差別する故に我あり」という言葉を提唱したいと思います。人間が差別しなくなったら人間では無く、その他の動物に昇格したこととなります。

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