失敗は許されない!一発レッドカード社会の日本


[https://en.wikipedia.org/wiki/Penalty_card#/media/File:Red_card.svg]

こんにちは。ゆとり系ブロガーのヨシナオです。

ここ最近、ニュースで韓国のアイドルグループである防弾少年団(BTS)が原爆キノコ雲Tシャツを着た写真が出回り、Mステ出演を拒否されました。

その後、ネット上ではネトウヨvs Army(BTSのファンの総称)のバトルが繰り広げられました。

私は正直、このバトルはどっちもどっちだなと思っていました。お互いに極端ですから。そんな中本件に関する多くの記事を見ると、HUFFPOSTのこちらの記事でとても良いことが書いてありました。

日本も韓国も「一発レッド社会」であってはならない。ミスをしたひとを容赦なく叩き続け、倒れてもさらに蹴り続けるような社会はだれも望んではいない。

この記事を読んで、本当にそうだよなー。一度の失敗は許してあげてそこからの挽回を見たいよなーと納得した反面、いや待てよ、既に日本って一発レッド社会じゃないか?と思う自分がいました。

間違えたら人生終了

日本って大げさではなく、間違いを犯したら人生終了という雰囲気が漂っています。

これは連日のテレビや週刊誌の報道を見れば明らかなことですし、実際に皆さんも感じているのではないでしょうか。

例えば、芸能人の不倫問題なんかはその典型です。不倫という悪いことをした芸能人は徹底的に叩かれ、表舞台から姿を消します。

ベッキーなんかはその最もたる例でしょう。

昔は、倖田來未の「羊水腐ってしまう」発言による謹慎などがありました。私は生きている以上は道を踏み外したり、失言をするということは誰でもあると思います。

実際に私だってありますし、皆さんもあるのではないでしょうか。そんなことを重ね、反省する内に人は成長するのではないでしょうか。失敗を重ねてそれを改善することが人が成長するということです。

昨今はその失敗すら許されません。

メディアという功罪

さて、この間違えたら一発アウトな社会はなぜ生まれたのでしょうか?

私はメディアの責任が極めて大きいと考えます。メディア、特に週刊誌などは人の間違いをこれでもかというくらいクローズアップし、大々的な見出しを飾ります。

今や文春砲と呼ばれるように、仮に取り上げられたら時の人となるというパターンが非常に多いです。

そして、このようなメディアは間違った人の間違ったことをクローズアップするだけで、そのあとの頑張りなどは一切報じません。

「こいつは間違いを犯したぞ!みんな注目しろ!こいつが犯人だ」と騒がせつつ、その人が前へ進もうとすることには触れようともしません。つまり、メディアに取りざたされた人はずっと悪い人というレッテルを貼られる運命にあるのです。

失敗を恐れるなという表層の言葉

そのような雰囲気が漂う国なのですが、なぜか世間では「失敗を恐れるな」という類の言葉を言う人たちがいます。

会社なんかではよくありますよね。入社式のおエラいさんの挨拶などでは毎回と言っていいほど、失敗を恐れずチャレンジしてほしいと言う言葉が並びます。

確かに、会社の社長なんかは失敗をしながら成長して社長に成り上がったり会社を創業したりしたのでしょう。

しかし、それぞれの部署における中間管理職などではその精神が共有されてないことが多いです。

若手が失敗をすると、出番が来ましたとばかりにお説教と罵倒が始まります。こんなことを繰り返す内に失敗はしてはいけないという価値観が出来上がり、次に自分が先輩になり後輩の失敗を見つけたら怒り出すと言うサイクルが出来上がるのです。

そうすると、若い人なんかは果敢にチャレンジするよりもレッドカードをもらわないように振る舞うことしかできなくなります。

すごく息苦しい世界なのですが、これが日本の現状です。

なぜ失敗が許されないか

この一発レッド社会の日本ってどうにかならないのでしょうか。

おそらく、国民がしっかりと考え、優しい社会にしようという雰囲気が生まれるのであれば徐々に人に優しい社会になるでしょう。

しかし、現実的には難しそうです。私はこの原因は「日本は島国であるから」ということに結論づけています。

島国であり、島国に住む人々ゆえに失敗ができないのです。

[https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/94/Japan_bluemarble_location_map_with_side_map_of_the_Ryukyu_Islands.jpg]

今や、飛行機等の交通網で簡単に海外に行くことはできます。しかしそれ以前はそう簡単に海外には出られません。

よく海外逃亡という言葉がありますが、これも歴史的にはほんの最近のことでしょう。

つまり、日本は島国ゆえに逃げられないのです。この逃げられないという状況がそこに住んでいる人々に逃げずに済ませるという価値を生み出したのではと私は考えます。

逃げられないのだから、失敗したら逃げなければならない程のチャレンジをするよりも、失敗を極力減らすようになったのです。

失敗しないように生きる

このような背景を考えた場合、やはり日本では失敗をしないように気をつけて生きることが望ましいのでしょうか。

この状況は韓国なども同じで、失敗した人はメディアにこれでもかという程さらされます。

私はこのような社会は嫌いです。

少し前に、岩波ジュニア新書でスウェーデンを扱った本を読みました。

スウェーデンでは、人は失敗しても努力次第でやり直せるシステムができているということです。

なんて人間らしいのでしょうか。私はこの本は多くの人に読んでもらい、この「失敗ができない国」について活発な議論をしてほしいです。

 


SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*