大学受験で全落ちした弟の話 その2


こんにちは。ゆとり系ブロガーのヨシナオです。

最近、ブログのアクセス数を見てみると昨年に書いた以下の記事へのアクセスが多いことがわかりました。

大学受験で全落ちした弟の話

この記事では、怠け者であまりにもふざけている筆者の弟が見事に大学受験を全落ちし、その後にどのような進路を歩むかについて書かれております。

もし、現在受験生の方で今年の受験に失敗したらどうしよう〜と不安に思っている方が読んでいるとしたら、あまり参考にならないでしょう。受験生は勉強に専念するべきですね。

今回の記事はシベリア出兵が決まってからロシアに行くまでの弟の記録となります。

借金返済

無事に大学受験に全落ちした後、弟にはとある義務を果たすことが必要でした。それは兄である私への借金返済です。そもそも弟は青山学院大学に入りたかったのですが、その為には東進ハイスクールに行くことが必要であると執拗に訴えていました。

その予備校代金50万円を工面したのが私です。実際に私が弟の高校3年生の1学期と2学期の初めに東進に行ったところ、チューターである大学生の小娘が、青山に現役で受かるにはこれらの講座を受ける必要があるという風に、必要な講座の一覧表を持ってきてくれました。ざっと計算して年間で120万円は掛かるような表でした。

それはあまりにも馬鹿げていました。そのチューターは日東駒専の大学生で私はMARCHを出ていますので、「そんなに取る必要はない」と断り、講座数を減らしました。それでも50万円は掛かりました。

弟は「受からなかったら返してやるよ」と豪語していましたので、一応ケジメのためとして受験が終わったらバイトをして返済する運びになったのです。

本来なら、受験料も返して欲しいくらいですが、そこは親が出したため返す義務はありませんでした。偏差値が40なのに受験直前になって「法政大の法学部を受ける!試験の特徴を見たけど受かる可能性が十分にある」と父親を説得し、受験して惨敗した無駄金がありました。

フリーター生活

そんな経緯があって弟は2017年3月から9月までバイト生活をすることになりました。いわゆるフリーターですね。

バイト先は新宿の焼肉屋のホールとして働くことになりました。

週に4日から5日働いていたので月に20万前後もらっていたようでした。その内5万円は私に返し、2万円は親に献金し残りは自由としていましたが、これがいけなかった。

私はロシアに行く前に最低でも20万は貯めないといけないと話してました。そうすれば切り詰めて生活すればロシアで普通にやっていけると考えていたからです。

今ではこの最低金額をもうちょっと上にして言っておけばよかったと後悔してます。バカな弟は見事に19万円ほどの貯金を持ってロシアに行きました。

バイト期間の半年で自由に使えるお金は90万くらいあったはずなのですが、全部遊びに使っていました。

伊豆に泊まりに行ったと思えば、その翌週には沖縄に行ったりしてました。

未来よりも今しか見れないただのバカだと思います。

ちなみに、私には35万円程お金を返しました。私としてはそれで充分だと思っていましたが、一応借金額は50万円でしたので、弟は「将来有名になったらすぐ返すから」とほざいてました。

弟が行った諸手続き

ロシアへの留学はJICというロシア専門の会社を通して準備をしました。私がプチ留学をした時に使った会社でもあったのでメールでのコンタクトや書類手配はこちらで行いましたが、これもいけなかった!

長期留学の際には、見積もり、留学先決定、パスポート申請、留学保険加入といくつかの手順があるのですが、これも全て弟に任せればよかったと思います(恐らくできませんが)。

結局、弟が自分でやったのはパスポートの受け取りでした。パスポート申請は私がやりました。

いくらこちらが用意した道だとはいえ、やらせられるとこはやらせるというスタンスが重要かと思います。留学は親元を離れての生活ですし、困った時は自分で解決をしないといけません。その訓練を国内ですべきでした。特に、未熟な人間には早めにそれをしないといけません。

手続きをこちらでやったのは完全なる失敗でした。

ロシア語勉強

留学、特に語学留学をする際に最も大切なのは出発前の勉強です。私の基本スタンスは、語学留学はアウトプットの場であるというものです。決してインプットの場にしてはいけません。あくまでもこれまで習った言語の運用の仕方を学んだり、実際に使いながら整理する場であります。

なので、私は弟に口すっぱくロシア語を勉強するように言いました。参考書も与え、計画的にロシア語の基礎は叩き込むように話しました。

本人は毎日しっかり最低2時間は勉強していると家族に話していましたが、実際には全くやってなかったようです。まず、単語が全然ダメでした。

「えんぴつ」も「学校」も「スプーン」も何一つ覚えてないようでした。

留学の2ヶ月前に、抜き打ち単語テストをしたところ知っている単語は何と

мама=ママ」と

папа=パパ」の2語

でした。

背筋から衝撃が走ったのを今でも覚えております。また、ロシアでは基本的には筆記体のみ使うので筆記体を勉強させていたのですが、ずーっとブロック体を使ってました。なぜここまで人の言うことを聞かずに己の理論を貫くのか甚だ疑問です。

不安なまま海外へ

そのようなふざけきった状態のまま弟は昨年の9月末にロシアに旅たちました。高校の友人には「オレ、ロシアに行くんだぜ!うちの高校史上初っしょ!」と豪語していたようですが、前日にお母さんに荷物のパッキングをしてもらっていました。幼稚ですね〜

一応、家族との連絡手段やクレジットカードの使い方を教え、後は本人の実力に任せるというスタンスでしたが家族も心配してました。本人は前日までは超強気な発言を繰り返していましたが、当日の出発前はかなりビビってました。

後々、この家族の不安は的中することになります。

弟のロシアでの生活のスタートからはまた今度記事にします。

大学受験で全落ちした弟の話 3


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