中学生刺殺事件と復讐についての考察

最下部に追記あり

愛知県で中学生が同級生を刺したというニュースでtwitterが盛り上がっている。この事件、まだはっきりした動機はわからないが一部「いじめがあった」や「嫌がらせを受けた」という報道とそれを確認できてないという情報が入り乱れている。
時間が経てばそのあたりが明らかになるだろう。現時点でわかっているのは二人の生徒がいて、一人が殺して一人が殺されたということだけである。個人的には相当な殺意があったのかな?と推察はするが、詳細はわからない。


それよりも、少し興味深いのは「いじめ」が前提とされた議論において、被害者に同情する声はもちろん、加害者を擁護する声もあるということだ。そして、私自身もいじめが本当にあったのならば、加害者を擁護してしまう。

嫌がらせ?いじめ?

今回の事件、嫌がらせを受けたとか何とかを加害者は話しているが、現状は自らの犯行を正当化するしかないので、本当の事を話しているのかはわからない。
仮に嫌がらせがあった場合、どのような範囲なのか、もしくはそれがイジメなのかを区別しなくてはならない。


自分もそうだったが、クラスには30から40人の生徒がいて、どうしても感覚的に合わないやつがいる。もう、これは仕方なくてそういう奴とは適切な距離を置くしかない。たまに、それに気づいた奴らが遊び半分で強引に距離を縮めようとするが、それは精神衛生的に良くない。


ただ、そのような合わないやつに対して殺意まで抱いてしまうのならば、それは精神的な疾患があるに違いない。距離を取ることで合わないやつとの関係は解消するのだから、わざわざそれを殺すというのは不自然なのだ。今回の事件の動機が単に合わない奴だからという理由であれば、被害者はあまりにも不憫である。
では、嫌がらせを受けてた場合はどうなるのか?まず、嫌がらせがイジメなのかちょっとしたちょっかいなのかをクリアにする必要がある。


イジメの場合は完全に心の殺人のようなものなので、復讐する気持ちが湧くのが普通だろう。嫌がらせの場合は、友達の範囲なのか先のように合わないやつから受けたのかでも印象が違う。また、最近はSNSもあるし何かしら仲間外れにされたという意識も多く持ってしまうだろう。このへんは被害者意識とも関係するが、SNSが心理的に与える負担は大きいように思える。


このあたりは難しいし、かなり心理学に近いのでカウンセラーを用いてしっかり対話をし談話分析(discourse analysis)をするしかない。
個人的には殺意を抱いて実際に包丁で犯行に及ぶ点が気になる。それほどの恨みだったのではないか?と疑ってしまう。

いじめの報復


ここからはいじめの報復であったという仮定で話を進めたい。なので、あくまでも仮定である。


いじめの場合、今回の加害者は殺人の加害者であると同時にイジメの被害者である。報道だと、昨年度同じクラスで今年度は違うクラスだということだから、昨年度になにかあったのかな?と考える。それと同時に昨年度の出来事を今年度まで恨んでおり、殺意になり実際に殺したという点で、強烈な怨念を感じる。
相手を殺したくなるほど恨んでいる点で多分、心はもう殺されてしまったのだろうと感じる。そしてもうアイツを殺すしかないとなったのかな?


いじめの場合、心を殺されてそのまま自殺してしまう子もいる。個人的にそれはとても悲しいことだと思う。なぜなら、その命は救われてないからだ。救われずに心を殺されたまま自分を消してしまうというのは完全にイジメた側の「勝ち」であり、まさに殺人行為だ。いじめによりを考えるのといじめにより相手を殺すというの選択をするのでは全く違う。


今回の事件は、まさに加害者がを選択したのだと思う。そして、自分なりにイジメに対してケジメをつけたのではないかと思う。結果的に相手の命を奪い、これから殺人者として生きないといけないけれど、一つのケジメを果たしたことは間違いない。
まさに自分自身も責任を負い、代償を払う復讐劇であった。

暴力では何も解決しない?


個人的にとても嫌いな言葉がある。それは暴力では何も解決しないという言葉だ。例えば、いじめられていてそれを暴力により抵抗するとしても、それは何も解決にならないということである。

今回の事件はどうか?個人的には暴力により解決しているように見える。もちろん、代償はあるしこれからの人生大変な道のりであることは間違いない。しかし、いじめられたという問題は解決になったのではないか?


被害者擁護の人は「いじめられたとしても殺しちゃだめ!」という。ならばどうすれば良いのかを聞きたい。
結局は我慢して泣き寝入りするしかないとか、もっと人生頑張って見返してやるとかしか言えないのが現実である。それだと、イジメた側は全くお咎めなしな状態であるから解決になるのか?と言いたい。傷つけられた傷はそのままかよ?と。


だから、私は暴力では何も解決しないという人や仕返しをしても意味がないという人は偽善者であり無責任だと思う。そういう事を言う人に限って、先の最初に傷つけられた人の傷はどうするのか?という質問に全く答えられないし答えた試しがない。


自分の生命の方向が、死ではなく生に向かっているのならば、暴力や仕返しで解決できることならそうするべきだと思う。

どうやら報道によると、会話に入ってくるのが嫌だったとか生徒会の応援演説を頼まれたのが嫌だったという供述をしているようだ。これが本当ならば、加害者は精神的な病気だと思う。だから、さっさと精神鑑定をしたほうが良いかな。

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