ポジティブとかマインドフルネスとか

はい。エストニアに留学中のヨシナオです。私は少し前からとても苦手な言葉があります。タイトルにあるように「ポジティブ」とか「マインド」とか「マインドフルネス」とかの横文字でいかにも意識が高い系が使う言葉です。

このような言葉を使う意識高い系の人と出会うと、ウゲェーとなります。もうついていけないです。

普通に日本語で良くない?って思いますしね。あと、近頃ではどこかの誰かの名言かなんかで、Love the life you live, Live the life you loveなんていうものもありましたね。語感的にもとてもいい言葉だと思うのですが、見事に意識高い系の人達がLINEのプロフィールやらSNSに好きな言葉として載っけていて、このフレーズを見たり聞いたりすると気持ち悪くなってしまいます(たまにマッチングアプリで書いてる人もいますよ笑 頼むからどこか行ってくれ!って思います笑)。

なぜ、そう思うのでしょうか?サクッとだけ考えてみます。

コピーな感じとカタカナの魔法

私がポジティブとかマインドとかの横文字が嫌いな理由の一つに、カタカナにした途端に本来の英語が持つ意味が無くなってしまい無機質で表面的な意味しか残らなくなってしまうというのがあります。

マインドなんていう言葉は特にそうですね。mindには脳という意味もありますし精神という風に訳すことがあります。マインドフルネスなんてもっとそうです。なんか、瞑想だったり精神性を高める?的な用語として用いられているそうですが、手持ちの辞典で調べると、the trait of staying aware of your responsibilitiesと出てきます。意識高い系の人が使うマインドフルネスという言葉の中にresponsibilitiesの概念はあるのでしょうか?

なんか、英語を使うとカッコイイ的なしょーもないきっかけで使っているのでしょう。やたらコピー感があります。

ポジティブもそうですよね。なんか、一般人がいきなり使うと気持ち悪いです。心理学を学んだ人が使うとしっかりした意味になりそうですけどね。なんか意識高い系で苦手です。

言動よりも行動を!と思ってしまう

あと、私がこのような言葉を使う人を嫌う理由は、なんか言葉だけが一人歩きして、「お前、じゃあそれを結果で示よ!」と思ってしまうからです。

なんかこの手の言葉を使う意識高い系の人は、自分が人生で成し遂げた結果よりも、このような言葉ばかりを伝染させようとしてて、中身がなく思えてしまうのです。

人が誰かを尊敬する時、必ずそこにはその人が残した実績というのがあります。そして、その実績がある人が残す前向きな言葉だからこそ人の胸に刺さるのです。

私の好きな相撲で例えれば、横綱になった人は実力が充分です。なので、横綱が言う言葉は例え横文字であっても感心します。でも、雑魚な力士がいくらかっこいいこと述べても、実力がなければ「さっさと稽古しろ!口ばかり動かさないで身体を動かして番付を上げろ!」と思ってしまいます。所詮そういうものなのです。

人に自分の価値観を伝えたいのであれば、自分が人から憧れられるような人間にならないといけないと無意味だと思います。

このことは、最近Twitterでやり取りしてたイギリスの大学院に通う方が「無理してポジティブなフリするのは心地悪い」と話していてとても共感したのです。

ここからは余談

ここからは余談ですが、最近聴いてめっちゃ良かった曲は以下です。

個人的にこのバイオリニストのファンなのですが、彼女はめっちゃ明るくて天然で面白い人です。でも、極たま〜にインスタライブ等で真面目な質問に答えてくれることがあり、その時の回答がめちゃくちゃ尊敬する内容です。意識が高いとは全く違う、高次元な意識を常に保っているという状態だと思います。なので、このような方が弾く音楽は人の心を動かすのだなぁとつくづく思います。

ちなみに、さっきの曲は元々知らなかったのですがオリジナル版を聴いたらめちゃくちゃ良かったです!

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