うつ病ってアイデンティティ?

さてさて、大学院の授業が始まりました。今学期は取る授業が少なめです。もちろん、一つ一つは重いですが先学期の8つに比べれば楽です。

何人かの友人に、どうやって8つの授業を取って処理できたの??と不思議そうに聞かれました。正直、覚えてません。とても辛かったとしか言いようがありません。

なんか、その頃にうつ診断みたいのをやったら、うつ傾向とか出てましたね。さっさと自殺しようと思ってましたし。今でも、自殺については前向きな考え方なのですけどね。

しかし、夏休みに食って寝て飲んでを繰り返したら気持ち的にはだいぶ良くなりました。と同時にうつ病の大半は病気ではなくて単に「辛い」だけだなぁとも思いました。

ガチなうつ病

うつ病は単に「辛い」というのをかっこよく仕立てただけですが、実際にガチなうつ病もあります。中学の時の友達で母が入院してる時に首吊り自殺をしたという経験を持つ子がいました。その子の母はうつ病でした。それはガチなうつ病なのだと思います。

つまり、入院しないといけないとか入院しててもそれを超えて命を落としてしまうというのは本当のうつ病なのでしょう。

しかし、日常生活ができるというのは本当にうつ病なのでしょうか?私的には少し休んだり、所属している会社なり学校なりを辞めれば済んでしまうことだと思います。

1ヶ月くらいプラプラすれば治るんじゃないですかね?

自分も先学期は自分の無能さ故に、さっさと死のうと思ってましたが別にこれはうつ病ではなくて、単に現実が辛かっただけです。そして、その辛さから逃げて死ねば楽になると思ってただけですね。これってうつ病でもなんでもなく単に弱いだけです。そして、大半の自称うつ病の人は単に自分が弱いだけなのではないのかな?と思ってます。

今や、うつ病の診断なんて病院で簡単に出せてしまいます。なので、とりあえずうつ病というアイデンティティをゲットしておけば、それを使って周りが優しくしてくれたり、厳しい叱責を逃れられる免罪符になるのでしょう。

言い訳の為にうつ病アイデンティティを獲得すべきか?

しかし、このうつ病というアイデンティティは大変に便利です。例えて言うならば水戸黄門の家紋並みです。うつ病というアイテムを獲得すればなんでもそれっぽい言い訳ができてしまいます。

例えば、先学期に私が大学院を辞めたとします。その言い訳が授業についていけなくて、うつ病になってしまい辞めざるを得なかった。というものになったでしょう。これを聞いた人は「マジかー。しょうがないね」となりますね。でも、これはうつ病というワードのおかげで周りはしょうがないとなります。

ただ実際のところは、テメーの能力が低すぎてついていけなくなって逃げただけとなります。この本当の理由をうまく隠すためにうつ病というアイテムが出てきます。大変に便利なものです。

正直に、辛くて逃げただけと言える人はそれでいいでしょう。ただ、うつ病アイテムを使って本当の理由を誤魔化すのはどうなのでしょうか?私的には自分がそれをやるのにとても抵抗があります。雑魚は雑魚なのに、見栄を張ってうつ病というアイテムに逃げるのはどうも自分はできません。自分の能力が低いならそれを受け入れる。死ぬならさっさと死ぬという選択肢を取るべきだなと自分には言い聞かせてます。

昨今は以前よりもうつ病の人が多い気がします。なんか仕事で辛いことがあったらうつ病。SNSで叩かれたらうつ病という風に。逆を言えば心が強ければそんなうつ病アイテムを持つ人をとっくに追い越して、どんどん出世できる気がします。

生きる為にうつ病を選ぶか死ぬか

最近Twitterでアメリカに留学してた日本人研究生が自殺したという投稿を見ました。様々なコメントがありましたが、私も研究生ではないですが外国で留学する身です。率直な感想は、仕方ないことだというものです。

本人が優秀だったとかそれはわかりませんが、辛い研究生活に耐えられなかったのでしょう。私としては彼のその選択肢もアリだし、その決断は受け入れないといけないなという感想です。

私も、正直最終学期に待ち構える修論に関してテーマも決まってないですし、自分が何を研究したいのか、もっと言うと何に関心があるのかさえわかりません。おまけに、今から考えてWordで60ページ分も書くのは絶対に無理だと思ってます。昨日、ウクライナ人の友達に聞いたら数日前から卒論に取り掛かったと言ってました。最終学期は1月からですが、もうテーマが決まっているから書いているのでしょう。私はテーマが全く決まらないのでどうせギリギリになります。

そして、修論書ける気がしません。今年卒業した英語がめちゃできる日本人でさえ、相当苦しんでましたし。

まぁ、私も苦しむのはわかるのですが、本当にもうダメだとなったら潔く死のうと考えてます。うつ病を使って退学して日本に戻るなんて10,000%あり得ません。そんな醜態を晒すくらいなら死んだほうが10,000倍マシですからね。その時はそれまでだったということになります。

先学期に色々考えた結果、自殺は決して悪いことではなくむしろ地球や環境にとってはGoodnessなことであるということに気づきました。そもそも、人間はこの地球を破壊し他の動物に迷惑をかけている存在です。それが消えることは地球規模で考えたら大変に良いことです。ただ、これまで人間をコントロールしてきたキリスト教やら仏教やらの東西の宗教が自殺を絶対的に禁止しています。曰く、人間ほど尊い動物は無いので自ら死を犯すことは殺人と同然の罪であるということです。一言これに言わせて貰えば、糞食らえ!ということですね。自殺は大変に善なる行為です。最近は人口が増えすぎて78億人です。多すぎです。その中の一人が死んでも他にたくさんの人がいます。大丈夫です。

ということで、自分はうつ病というアイデンティティは獲得したくないよ〜という話でした。とりあえず何か修論のインスピレーションが来るように本でも読みます。

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